第1回「能海寛・ふるさと100kmトレイル遠足」江本流完走記 其の4
自慢することでもないが、私は終戦後のひもじさを知っている世代である。横浜に生まれ育ち、幼い身に、何かいつも腹を空かせていたことを記憶している。そして、あの時代、子どもに腹いっぱい食べさせてやれなかった親たちの苦労を、最近になって思ったりする。
これは好きでやったことだから文句はいっさい言えないけれど、大学の山岳部でもひたすら飢えた。とにかく金がないので、1か月山に入っていても、米と味噌さえあればなんとか、という食生活だったのだ。ほとんど拾い物で食いつないでいたこともある。(他のパーティーが置いていった魚肉ソーセージなんか最高の収穫だった!)。
いまでも、ひもじさの癖が、いろんな場面に出てくる。走る前になるべくよく食べ、エイドのない山道などでは3日は生きていけるんじゃないか、とひやかされるくらい沢山の食べ物を背負う。100キロ遠足のようにエイドが豊かな大会では、ほとんどすべてのエイドで立ち止まり、なるべくすべての種類の飲食を試し、時にはウエスト・ポーチに詰め込んだりする。
そういう私に、小野木淳さんの著書『あぶないランナー』は、ある意味ショッキングな本だった。たとえば、食べることについて、「食事の時間が来たから食べるのではなく、腹が減ったら食べる習慣を」という指摘がある。「しっかり朝食をとろう、はウソ」とも。食事は抜くべし、という言い方は、食いしん坊の私にはまことに新鮮な指摘だった。そうだよな、人間、そんなに食べなくても生きていけるよな、と言い聞かせたのである。
もうひとつ。ホノルルで恐怖のこむらがえりを体験した私にとって、ありがたいことがこの本には書かれている。こむらがえり防止には給水をしっかり実行すること、練習の後はよくストレッチをすること、などに加えて、漢方薬をすすめておられるのだった。
いま、ウエスト・ポーチにしのばせてある『芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)』がそれで、私は本を読んですぐ薬屋にすっ飛びました。なにしろ、小野木さんは、「食養生と漢方療法を中心とした医院」を開業している人なのだ。本の指摘に従い、実は、昨夜のうちに、すでにこの『芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)』を飲んでいる。
ゆっくり走りながら、隣の林さんにそんな話をすると、彼女がその効用を詳しく話し始めたので驚く。なんとなんとこの方は、薬学部を出たばかりの薬剤師さんなのだった。しかも、漢方に関心があるといい、自分も何種類か漢方を持参している、とウエスト・ポーチを見せてくれた。ふぇえ、おっそろしいこともあるもんだ、こういう高い知識の人に漢方の効用を説こうとしたのだから。
もうひとつ驚いたのは、林さんがあたりの山々をよく知っていることだ。聞けば広島県福山の大学時代はワンダーフォーゲル部にいて、あちこち山に登ったという。とくに故郷の山には詳しいという。
私も一応山岳部の出なので、山の話を始めると、飽きない。偶然とはいえ、楽しい、不思議な出会いだった。
クラブのイベントとして福山ー岡山間75キロを走り歩いたこともあるそうだ。きょうの長さははじめてらしいが、もともと体力はあるのだろう。
「できれば、この大会のガイドみたいな役割になれれば、と思うんです」と、林さんが言う。
「ゆっくり走りながら、あちこちの山や地形について教えてあげられれば・・」
普通、100キロというと距離をこなすのに追われてしまって、あたりのことにはあまり関心を持てないことが多い。せっかく中国山地に来ているのだから、林さんのような人が一緒に走っていれば、さぞやいい刺激になるだろう、と思う。「是非是非、やってくださいよ。“ガイド・ランナー”と襷(たすき)をしたりして。皆、喜びますよ」と、私は本音で言った。
「とごうち花街道」という、ゆるやかな、長い下り気味の道を行く。早い人はどんどん飛ばしていったことだろうが、私は止まらないで進むのが精一杯だ。1キロに7分30秒はかけているだろう。やがて、30・5キロ地点の「深入山入り口」エイドに達した。エイドはありがたい。飲料水のほか、必ず何かを取るようにしている。ふたりで写真を撮ってもらう。「膝がもてばいいんだけど」と林さんは今から気にしている。
次のエイドは板ケ谷川に沿った街道筋。36・8キロの「珍々街道」というおかしな名の茶店のようなところだ。台風で土砂崩れが起きた現場のすぐ近くだった。
ここではおいしい饅頭が出た。ついでにスタッフの方たちのコーヒーも一杯お相伴させてもらう。あたたかいコーヒーは、生き返る。小さな大会の良さだな、と思う。
ここで、林さんと心持ちゆっくりした。まだ60数キロある。一度ギアをロウにして前方の困難に備えなければならない。
「この前のエイドを4人が通過したそうです」と、スタッフの1人が教えてくれた。
ははあ、もう私たちの後には、そんなに多くのランナーはいないんだな、とわかった。それでも、この時は私たちとこの4人との間に10数人ぐらいはいるのだろう、とたかをくくっていた。過去の体験では、どんなにゆっくり走っても、もっと遅い人が必ずある程度はいるものなのだ。しかし、これは甘かった。
饅頭の元気で走り出した。トンネルをくぐり、長い下り坂が続く。林さんは、以前痛めていた膝を気遣って時々歩く。後でわかったのだが、登りはいいが、下りが苦手らしい。膝に負担がかかるからだ。
地元から参加したこの元気な女性に完走してもらいたい気持ちが強く、私はできるだけついて行くようにした。フルマラソンの距離を越える43・5キロ地点の「さんだん館駐車場」にたどり着いた時には、午前11時をまわっていた。朝からもう6時間以上も走り続けていることになる。
このあたり、戸河内町に入っている。きのう車で降りた戸河内I.C.の近くが中間点で、昼食をもらえる筈だ。しかし、足が俄然重い。林さんも膝がかなり痛むようで、しばしば歩くようになった。ふたりとも、次第に無口になる。
中間点付近には、ご両親が応援に来てくれる、と聞いていた。実際、その2キロほど手前で両親が待っておられた。ありがたい声援である。
登りが続く後半でヘバるのがわかっているので、中間地点にできれば正午前に着いていたい、というのが私の目論見だった。
完走せねば、という気持ちと林さんに完走してもらわなければ、という思いがしばし交錯する。しかし、所詮、こちらは余裕なし、いっぱいいっぱいなのだ。
自分のペースで行くこととし、林さんに言って先行する。
やれやれ。もうすぐ半分だぞ。(続く)
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EMOTO Yoshinobu 江本嘉伸
著者:江本 嘉伸(えもと よしのぶ)さんのご紹介