2005年09月20日掲載記事
其の8「無念の金沙江」
長江は、チベット高原に発し、中国大陸を東西に貫く、全長6380キロ、アマゾン、ナイルに次ぐ世界第三の大河です。流域は農業が盛んで人口が多く、川そのものが人々の交通手段ともなっています。
1898(明治31)年11月21日上海から日本の「天竜丸」に乗った能海は、11月30日、今度は清国招商局の汽船「固陵号」に乗りかえて5日間遡行し、12月4日、宜昌に着きました。上海から千哩、つまり1600キロのぼったことになります。
ここから切り立った崖がせばまり、極端に狭い水路となる「三峡の険」と呼ばれる有名な難所を進み、1899(明治32)年1月8日朝、日本総領事館のある重慶に無事到着しました。師である南條文雄が書いた紹介状が事前に届いており、四川、雲南、貴州、西蔵への護照(旅行免状)が取得されていたことに、能海は大いに幸先がいい、と喜びました。
Posted by Kaiho at 14:18
| Comments (0)